(10)
さてさて、その後の俺がどうなったのか話していこう。あまり乗り気はしないけど聞きたいだろうし、時間はたっぷりあるんだ。
まず、当たり前だけど翌日の朝までに隕石は降らなかった。日曜日で五月晴れ。俺にとっては、最悪のデート日和だ。それでも律儀に待ち合わせに向かった俺はいったい何を期待していたんだろう。
部室には監督がジャージ姿で待っていた。
そう。ジャージ。
会うなり監督には、さっさと着替えろと言われた。せっかくオシャレしたのにぃ。なんちゃって。
結局その日はデートという名の練習だった。その様子は、あえて言うまでもないし聞きたくないだろ?悪いもんじゃなかったとだけ言っておく。
しかし、このデートに納得しない人がいた。わかってると思うが、一応説明しよう。美人保健医を仮の姿とする、いかれていかした我らが校長先生その人である。
そりゃ俺だって校長が満足するとは思わなかったが、報告書を見て最初の一言が殺すだったのにはさすがに驚いた。確かに監督とデートするなんて言ってなかったしな。
俺は事情を話し、思い付く限りの謝罪の言葉でひたすら謝った。一年間に謝る分は謝っただろうか。それに対する校長の答えはたった一言、「許さん」だった。
今思えば、この人を怒らせたのが一番の誤りだった。不毛な時間を過ごす大会があれば、あの時の俺は本命◎単勝オッズ1.3。だな。
校長の手が俺の首を絞めにかかり(ってかこの人マジだ!これは落とす絞め方じゃないぞ、息の根を止める絞め方だ)死を覚悟したその時、救いのメロディが流れた。笑点。
この音が何を意味するのかを既に知られていたおかげで、首の圧迫感から解放された。サンキュー高野、愛してるよ……言ってみただけだ。
次に、校長は手のひらを差し出してきた。手相を見てほしい……わけではなさそうだから、やっぱり携帯を寄越せと言いたいんだろうな。今これを拒否するということはそのまま生きることを拒否する意味になるかもしれない。基本的にギリギリでいつも生きていたい俺は素直に従った。あぁあ〜。
よろしい。と携帯をひったくられた。言葉は丁寧だが、やってることは恐喝と変わらないよ。ただ、何でだろう?この人のこういう所が嫌いじゃないんだよな。むしろ好きだったり。
戻ってきた携帯を見ると、メールは未読だった。見ないんですか?と聞くと、そんな非常識するわけないだろとまた怒られた。俺はこの人の常識と非常識の境が知りたいよ。あと怒る基準かな。それとスリーサイズ…は、冗談。
それで、校長は何がしたかったのかというと、自分の番号を登録したかったらしい。本名で登録されていた。
(この名字は…そうか。)
閃いてしまった。そういえば初めて見たとき誰かに似ていると感じたのを思い出した。何で今まで思い至らなかったんだ。俺はバカか?校長は紗夜ちゃんに似ているんだ。俺はバカだ。そっくりじゃないか。
気付いちゃうと思い当たる節がある。監督に紗夜ちゃんを紹介した時の事だ。監督は喜びはしなかったけど、紗夜ちゃんが礼儀正しくて安心していた。もしや監督は二人の関係を知っていたんじゃないだろうか。
しかし、俺はこの問題に触れずにそっとしておいた。これ以上ややこしいのはごめんだ。後でさり気なく確認しておこう。
結局デートは、夏の大会が終わるまで待ってもらう事になった。だが、これは割とすぐ実現することになった。なぜなら二回戦で負けたからだ。去年の甲子園出場校じゃ相手が悪い。負けた次の日くらいかな、校長から電話がきて、一言バカって言われてすぐ切られたのが気になるが何だったんだあれは?決して俺のくじ運が悪かったわけではないぞ。いや、本当に。
でもまあ、いい試合だったよな。来年、再来年は期待していいかもしれない。
それと、マネージャー問題も無事解決した。紗夜ちゃんが本当に何とかしてしまった。本人は宣言通りに辞めてしまったが。
お母さんによろしくと、ここでさり気なくジャブを入れてみたら、早く高野先輩とデートしないと針二本飲ますって言ってましたよと思わぬカウンターをくらった。紗夜ちゃんと校長の関係なんてもうどうでもよかった…リアルな数字に俺は戦慄したね。
針二本の後押しも加わり、俺はようやく高野を誘った。その時の緊張と言ったら、最後の打席以上だったな。結果は自慢するわけじゃないが、最後の打席と一緒でホームラン。本当だぜ、勝てなかったけどな。
デートの様子はあえて言うまでもないだろう………え、だめ?校長みたいなこと言うなよ。
引退直後だったから、野球部の話ばかりしてたな。高野は、俺のことを俺自身が記憶にないことまでよく覚えてた。何でそんなこと覚えてるんだよって聞いたら、ずっと見ていたんだよだって。つまり、あれだ。高野は俺のことが好きだったらしい。え、知ってた?だったら言えよ。
まあ、そんなわけで今でも高野とは仲良くやってますよ。これには校長も大満足だった。
こんな感じでよろしいでしょうか?古森せんせ。
「おい、俺が戦争に参加する説明になってないぞ」
「まあ、いいじゃん」
「良くねえ。全然良くない。だいたい、高野さんと待ってればいいだろ。その方が校長も喜ぶんじゃないのか?いや、そうに違いない」
「高野は俺たちと違って今忙しいんだよ」
「…それ言うなよ」
真夜中の桜路。俺は古森と語り合っていた。
ちなみに俺たちはとっくに高校を卒業していた。それなのにもかかわらず、本当に花見の場所取りをやらされている。なぜか?恥ずかしい話だが、俺と古森は受験に失敗して浪人中なのだ……はぁ。一応、抵抗はしたんだ。でも、校長のどうせ暇だろの一言で何も言えなくなった。それに、「お願い♪」なんてされてしまっては、嬉しくなっちゃって俺が喜んで引き受けちゃうのも無理はないんだ。もしかしたらいつもの威圧的な口調と傲慢な態度はこんな時の為の伏線なのかもな。そして、悔しいがその効果が哀しいほどに抜群なのだ。
なんとかスペース確保の第一段階はクリアした。後は死守するのみだが、なるほど…視線が痛い。場所さえ選ばなきゃ簡単なのに、あの人は場所まで指定してきた。激戦区。一等地。最前線。アリーナ席。グラウンド・ゼロ。古森を巻き添えにして本当によかった。一人じゃ絶対無理。野球部に招集をかける手段も思いついたが、監督にバレた時の事を考えたら実行は出来なかった。
「もう一度確認するが、あの話は本当だろうな?嘘だったら縁切るぞ」
「大丈夫だって」
あの話。校長の花見メンバーに予備校のお偉いさんがいて、その人によろしくしてもらうのが今回の俺たちに対する報酬だった。どうせならどこぞの大学によろしくしてもらいたいものだが、それを要求したらあの人は怒る。さすがに半年以上も振り回されるとある程度の基準も身についた。それに、これはこれでかなりの魅力なのだ。じゃなければ古森だって来なかっただろう。さすがに今回はアンパンじゃ駄目だった。
「ならいいんだが、ひとつ気になる事がある」
「何だよ?」
「今日は何月何日だ?」
「四月の一日。大安だ」
「ん…大安だったか?」
「ごめん、適当」
「まぁ大安はいいんだ。今日が何の日か知ってるか?」
「馬鹿にすんなよ。今日から新年度だ」
「エイプリルフールだ」
「……」「……」
「……」「……」
「ははは…、大丈夫だって、気にすんな」
「それ、自分に言い聞かせてないか?」
「……」「……」
不安になってきた。
あの人の事だ。ごめ〜ん。なんて心にも無い事を心からの笑顔で言うんだ。きっとそうだ。そして俺は俺で、この人の笑顔が見れたからいいかな〜なんて思っちゃうかもしれない。
そんな場面が容易に想像できてしまうほど慣れてる自分も危ない。「騙され松この一生」ってタイトルで自伝も書けるかもしれない。たぶん八割以上はあの人に遊ばれてるシーンになる。やめておこう。さすがに惨めだ。
ふと、校長に出会う前の自分を思い出していた。実はちょっと可愛かったりするかもしれないマネージャー、厳しいけど優しくて暖かくて面白い顧問、最高にバカで楽しい仲間達。
何でもないような事が幸せ。オーケイ認めよう、確かに幸せだった。
でもな、何気ない日常に校長という劇物が加わり、毎日が割りと刺激的な今だって、もちろん幸せには違いないんだぜ。格好付け過ぎかな。
「おい松」
「ん?」
「何を一人で笑ってんだ。気持ち悪い」
「………」
にゃろう。お前がうっかり転寝した暁には、顔に落書きして写メ撮ってやるから覚えとけよ。
さて、校長達がやって来る約束の時間まで残り八時間。今はこの苦難を乗り越えた先が後悔でないことだけを祈ろう。
眠くなってきた。
(おまけ)
ここは、とある私立高校のとある場所。重要な場所でありながらも、重要視してる人が少なく、この場所を知らない生徒も多数いる。
そんな場所で、二人の女性が会話をしていた。片方は少女で学校の制服を来ており、もう片方の女性はスーツの上に白衣を着るよくわからない格好をしていた。二人の容姿は簡単にいうと美人で、少女がもう少し時を積み重ねればもう片方の女性になるであろうと思わせる似方をしていた。
実際に、二人は年齢差20の親子だが、姉妹に間違えられることもある。かなりの鈍感あるいは想像力が欠けているのでなければ、大抵は二人を見た瞬間に何かしらの関係性を見出だせるだろう。しかし、この二人の関係を知っている人は意外にも少ない。
「紗夜、お前は目に見える出番が少なかったな。特に後半。殆ど脇役扱いじゃないか」
「母さんにおいしいとこ持ってかれたから」
「そうか?私は完全に誰かさんのミスだと思うが」
「うぅ、確かに。あの乱闘騒ぎは防げたよね。あれで母さんの強制フラグが発動したんだ」
「違ぇよ。私の場合は、誰かが何かしらの選択肢を間違えると救済ルートで登場するんだよ」
「じゃあ、この場合の間違った選択肢って何だったのかしら?」
「松がお前をマネージャーにしたことだな」
「あ、それひどくない?」
「ふん。情報屋気取ったところで、情報を活かせなかったり振り回されてるようじゃまだまだだな。噂屋か、いいネーミングセンス持ってるな松も。ただの噂好きのお前にゃぴったりだし、さやの部分がかかってる」
「ただの噂好きじゃないもん。探偵だもん」
「ふ〜ん」
「それで、探偵クラブの設立だけど……」
「駄目」
「……だよね」
「お、随分素直だな」
「今回は自分の力不足を思い知らされた。でもまだ始まったばかりだからね」
「もしかして次があると思ってるのか?」
「えっ、ないの?これで終わり?打ち切り?」
「さぁな。また誰かが選択肢を間違えたら始まるんじゃないのか」
「そしたら結局また母さんが出しゃばるじゃん」
「誰がベシャメルソースやねん」
「それって松先輩が言ってなかった?」
「ふふん、面白いからもらった」
「母さん、ハマリ過ぎ」
「いやぁ、あんなにいじめがいのある奴も珍しいな。ういやつだ。むかつく奴に好きな人と同じ呼び方されて怒るんだから」
「え、あれってそれが原因だったの?」
「原因ってよりも引き金(トリガー)だよな」
「へぇ、そうだったんだ。意外に素敵な話だったのね。それより何でにこにこしてるの?」
「ん、私もまだまだイケるなと思って」
「なにが?」
「こないだ松をからかってキスしようとしたら、あいつどんな反応したと思う?」
「そんなことしたの?やめてよ恥ずかしいから……真っ赤になっちゃったとかかな?」
「あいつ、避けるか流されてキスしちゃおうか迷って躊躇したんだぜ。あの顔は最高だったな、思わず本当にしちゃうところだった」
「駄目、松先輩には高野先輩がいるの」
「わかってるよ。それより紗夜、松に早くデートするよう伝えておけな」
「うん。いいよ。あ、ちょっと待って電話かかってきちゃった。もしもし?うん。うんうん、本当?じゃあ明日一緒に野球部行こう。みんないい人達だからすぐ慣れるよ。うん、また明日ね、ばいばぁい」
「………」
「他人の電話をホワイトボード使って邪魔しようとするのやめて。男?じゃないから。野球部のマネージャー頼んでた子だから」
「つまらん娘だ。早く彼氏作れ」
「私は最後の最後でホームラン打つの。松先輩みたいに」
「はいはい。打っても負けんなよ」
「うるさいなぁ。あ、もうこんな時間。姉御たちと約束してたんだ。じゃあ私帰るね」
「おう、火遊びしてこいや」
「うっさい。するかぼけ」
「んだと、私がお前くらいの時はだな、それはもう…って、いねえし」
取り残された女性は不機嫌な顔をしていたが、楽しいことでも思い付いたのか、すぐ笑顔になり、どこかへと電話をかけた。
「もしもし。松?ば〜か。じゃあな」
(完)
[0回]
PR