三年三組「松大輔」
(1)
高校球児にとって、憧れと言えば甲子園。それに南ちゃんだろう。俺はどっちかと言うと、南ちゃんに期待し野球部に入った。そしてその期待はばっさりときっぱりと容赦無く外れた。
そんな弱小野球部に入部し二年が経つ。弱いくせに辛い練習。さえない青春。何度辞めようと思っただろう。何度辞めてやると宣言しただろう。何度タッチを読み返しただろう。……多分タッチが一番多いな。
それでも辞めずにやってこれたのは、自分でも大した奴だと思う。いつのまにか部長になってるし。
間違っても可愛くない、けど優しいマネージャー。
普段厳しいが本当は暖かい顧問。
最高の仲間達。
南ちゃんはいなかったけど、俺は幸せだぜ。
そう思ってた。そして実際に幸せだったのだろう。学年が上がるまでは。
何でもないようなことが、幸せだったと思うのは本当らしい。
(2)
「ごめんなさい」
うっ…、これで今日は何人目だ?そんなに野球部マネージャーって嫌か?いや、そうじゃない、噂だ。
でも、今更になって高野に頭下げるなんて出来ねぇしなぁ。困ったなぁ。
事の始まりは四月。俺たちは三年になった。すると、当然のように一年は二年になり、そして新入生がやってくる。
今年は近年稀に見る当たり年と先生が言っていた。その前評判に偽りなく、可愛い女の子がいっぱい入学してきた。
入学したときに一度、二年に進級した時にもう一度諦めた南ちゃん。今年こそはいけるんじゃないか?と部室で南ちゃんゲッツ大作戦を議論していたところに、うちのマネージャー、又の名を肝っ玉母さん、別名高ブー、本名高野南が居合わせてしまったのが不運。いや、一番の不運はあいつの名前が南なことだけど。
いつもなら謝ってすませてしまう所だったのに、可愛い新入生に舞い上がっていたのか、激しく言い争いになってしまい、高野は野球部を去った。新しく可愛いマネージャーなんてすぐに見つかる。そう簡単に考えていた俺たちがバカだった。
まず顧問に怒られた。
高野の友達から白い目で見られるようになった。
噂が広まった。
新入生はみんな野球部を敬遠してる。
もう五月。
マネージャーどころか、このままでは部の存続も怪しい。
弱小ながらも伝統ある野球部を俺の代で潰すわけにはいかん。
気を取り直し、次の候補者を探そう。
高野と喧嘩した後、結局退くに退けず、せっかくだから最後までゲッツ議論した結果、新入生をABCDEのランクに分け、B以上の子に手当たり次第にスカウトすることに決まった。スカウト役は部長の俺が責任を持って努めることに。他意はないよ。しかし、ここまで断られ続けるとしんどい。Cランクも視野に入れないといけなくなるかも。
「呼吸を止めてちぃっそっく〜っと」
苦しい時は歌え。替え歌なんか元気が出る。
ただし、人に聞かれたら恥ずかしいから人目だけは注意。
歌いだしてすぐに携帯から笑点のテーマが流れた。高野からのメールだ。邪魔すんなっての。
『どう?私の大事さがわかった?』
今回はどんな大喜利だ?毎回よくわからんネタを振ってくるから困るな。私の大事さ?大時差?大飢餓?あんな太ってるのに?
『それはないって』
送信。
その後、数人に振られ、いやいや断られ、今日は諦めようかと思ったときに副部長の古森と遭遇。図書室にAランク滞在との情報をもらった。そういや古森の彼女はマネージャーにならないのか聞いたら、ヤンキーに勤まるわけねぇってさ。大変だな古森も。そんなことより図書室だ。
こりゃ驚いた。Aランクなんてもんじゃない。特Aだ。それが彼女の第一印象。南ちゃんと互角、それ以上かも!慎重に交渉しなければ。
「何の本読んでるの?」
うん、自然だ。
彼女は急に声をかけられたにも係わらず、落ち着いた動作でこちらを見た。
うわ、可愛い。っていうか……その手に持っているのは……
「タッチ」
「え、図書室にタッチあったの?」
正直ショックだった。知っていたら高校生活も違っていたのに。少なくともタッチ読むために早退することはなかっただろう。タッチでショックを受けるなんて。
よほど変な顔をしてしまったのか、彼女が笑った。不本意だがつかみはいいじゃないか。むしろタッチ読んでたって事は、野球好き。ノーアウト一塁だろこれは。
「えと、名前なんていうの?」
「加藤紗夜です。糸が少ないに夜」
「紗夜ちゃんね。俺は…」
「知ってます。松先輩ですよね?野球部部長の」
あれ?ノーアウト満塁?
「そうだけど、どうして?」
「噂になってますから」
……2アウト三塁だな。こうなりゃ小細工なしだ。
「知ってるなら話は早いけど、マネージャーやらないかい?」
「私、マネージャーになっても何も出来ませんよ」
「大丈夫。むしろ新体操部と掛け持ちして」
彼女が笑った。タッチネタはいけるらしい。
「前のマネージャーはどうしたんですか?」
「あぁ、ちょっとね」
タイミングがいいのか悪いのか、笑点が鳴った。だから邪魔すんなっての。
放っておくのも間が悪いので、携帯を見た。だからその時、目の前の彼女がニヤリと不思議な笑みをしていたのがわからなかった。
『バカ』
いやいやいや、デブが飢餓する方が馬鹿げてるだろう。ん?デブの方が腹減りやすいのか。
『少しは耐える事を知るべきだと思ってね』
うけなかったネタの説明もみっともないなと思いながらも送信。
「えぇと、紗夜ちゃん。それでマネージャーの件は…」
「いいですよ」
ホームラーン!
「でも」
あれ?ファウル?
「前の人が復帰するか新しい人が入るまでですよ」
あぁ、点は入ったけどまだ負けてる感じね。
「OKありがとう」
正直全然構わなかった。どうせもうすぐ俺は引退するし。後輩達には悪いが、きっと文句はないはずだ。
部長最高!
紗夜ちゃんを連れて部活に行ったときのみんなの第一声だ。
顧問はさすがに喜びはしなかったが、紗夜ちゃんが高野と同じくらい礼儀正しいのを見て安心はしているようだ。これでとりあえず問題は解決。練習に身が入る。最後の大会はもうすぐだ。
(3)
マネージャー騒動で気が付かなかったけど、今年の新入部員はなかなか骨のある奴が揃っている。特に注目はレフト竹塚とライト梅原。松竹梅そろったよ。実力的には古森の弟が兄に負けずいい球を投げる。
今年は無理かもしれないが、来年辺りからは甲子園を本気で狙えるかも。もちろん今年だっていいとこ行きそう。
それに、
「みんな頑張って〜」
紗夜ちゃんの存在がでかい。以前に増して皆の気合いを感じる。明らかに南ちゃん効果だ。
高野とは仲直りをした。正しくはしてもらった。それでも野球部に戻ってこいとは言えなかった。高野も自分から戻りたいと言わない。高野が帰ってくると紗夜ちゃんが辞めてしまうのを知っているから。俺が話したから。何か俺、すごい嫌な奴。
練習試合。顧問がそういったのは五月も終わりの頃だった。ついに来たと誰もが思った。弱小なので、この時期に相手をしてくれる学校がいないのだ。
相手は県内でも中堅の実力校。去年、夏の予選の一回戦で負けを喫した学校だ。
内容は、古森が好投するも点が取れず、終わってみれば大差の負け。
だが今年はみんなのレベルも上がった、在校生はみんな実感しているし、新入部員にとっては初めての実戦。嫌でも気合いが入る。
しかし、顧問はとんでもない事を言った。
「試合ができなくなるかもしれん」
そう言って取り出したのは煙草。高校生にはもちろんご法度の品物だ。騒ついた空気が一瞬で凍った。
「部室に落ちていた。説明できる人間はいるか?」
ありえない。そう呟いたのは紗夜ちゃん。
「10分時間をやる。返答次第じゃ試合を取り下げるだけじゃなく、予選も辞退する」
マジかよ。みんな動揺してる。ここは部長として反論すべきだ。
「監督」
「何だ」
「監督はどう思ってるんですか?」
「間違いであって欲しいと思うよ」
「信じてはもらえないのですか」
「信じているさ。だからこその10分。よく考えろ」
そう言い残して出ていった。
沈黙。
みんながみんな、誰か口を開くのを待っている。
その沈黙は、場違いな笑点でかき消された。だ〜か〜ら〜、邪魔すんなっての。
『何かあった?監督がすごい顔して歩いてたけど』
『笑ってスキップよりはマシだろ』
このやり取りをしているうちに、俺はまたしても見逃した。紗夜ちゃんの不適な笑みを。そして仲間達の顔を。
「松。ちょっといいか?」
古森(兄)だ。
「さっきの煙草な。あれは女が吸うようなやつだ。少なくとも俺はあれを吸ってる男を知らない」
よく見てるな古森は。
「兄ちゃんの彼女は?」
古森(弟)が喰いかかった。
「あいつはもっときっついの吸ってる。それに、部室に近づくような奴じゃないし」
確かに、古森のヤンキー彼女の顔を見たことない。古森にゃ悪いが見たいと思わないけど。
「ていうことは…」
みんなで一斉に紗夜ちゃんを見る。
ありえない。紗夜ちゃんはさっきそう呟いた。何がありえない?自分の吸った煙草が見つかるなんてありえない?
「私は違いますよ。ついでに言うと、この学校の生徒で、あの銘柄の煙草を吸ってる人はいません」
ん?何でそんなこと知ってるの?
「何でそんなこと知ってるんだよ?」
古森がもっともな事を聞いた。古森が聞かなきゃ俺が聞いてたけど。
でも、聞かなくてよかった。だってこの質問に紗夜ちゃんは、
「私、情報通なんですよ。例えば…古森先輩の彼女さんは赤いマルボロ吸ってますよね」
「なっ…」
古森が黙った。
ていうか、紗夜ちゃん。可愛い顔して悪趣味。
「古森、そうなのか?」
「ん?あぁ」
「辞めさせた方がいいよ煙草は」
「言われて辞めるようならいいんだけどな」
「さすがヤンキー」
ヤンキー?そう呟いたのは紗夜ちゃん。
俺と古森のやりとりで、何となく緊張していた空気が白けてしまった。舵を取り直さねば。
「紗夜ちゃんはどう思う?」
「問題は、動機と目的ですね」
「探偵みたいな台詞だね」
「ありがとうございます」
お礼言われちゃった。いや、そうじゃなくて…
「てことは、犯人わかったの?」
「少なくとも私たちの誰でもありませんね。みんな煙草は吸わないですから」
「なるほど」
「誰かが何かの為に置いたんでしょう」
「動悸と息切れか…」
「?」
「あぁ、ごめん動機と目的だね」
ふざけてる場合じゃなかった。
「野球部もしくは私に個人的な恨みがある人かもしれません」
「なぜに?」
「煙草の銘柄だよ。さっきも言ったが、ありゃ女向けだ」
古森復活。そこで、気付く。視線が俺に集中してる事に。
「なんだよ。みんなして俺見て」
「松。正直に言うぞ。高野さんじゃないか?」
は?
「何で高野の名前が出てくるんだよ?」
「だってそうだろ?野球部辞めさせられたし」
「あいつが勝手に辞めたんだ」
何を言ってるんだ?何が言いたいんだ古森?何見てんだこいつら?あぁ、熱い。体温上がってるのがわかる。
「動機としちゃあ、十分だと俺は思うが…」
「みんなもそう思ってるのか?」
無言。
「本気でそう思ってるのか?」
無言。
俺はキレた。
「ふざけるな!あいつはそんなやつじゃない!」
「松、落ち着け」
「うるさい!」
もはや空気は完全に修羅場。しかし、この空気を打ち破ったのは、やっぱり笑点……ではなく、顧問だった。
「そこまで!」
入学当初から怒鳴られ続けたその声に俺は冷静さを取り戻す。
そして信じられないものを見た。
「…監督。その手に持ってるドッキリのプラカードはなんですか?」
「松。ごめん!」
ドッキリだったらしい。面白過ぎるぞこいつら。
「いや、あそこであんなにキレるなんて思わなかったからさ」
「キレてないですよ」
精一杯のコメントも笑いを誘うだけだった。
「何みんな仕掛人?」
「本当ごめん」
「いつからここは演劇部になったんだよ」
「お前がしっかりしないからだ」と顧問。
「そうよ」と恐らく一番の仕掛人である高野。さっき顧問と一緒に来た。
確かに、おかしいとは思ったんだけど。もういいや。めんどくせ一。
「それじゃあ、みんな。また今日からマネージャーとしてよろしく。新入生のみんなもよろしくね」
結局落ち着くとこに落ち着くって事か?
ちなみに、紗夜ちゃん。とりあえず夏の大会が終わるまでマネージャー継続。嬉しいね。そして、驚いたのは彼女は仕掛人じゃなかった事。一番演技っぽかったのに。まあ、いいや。めんどくせ一。
以下、不適な笑みを浮かべて(下)に続く。
コメント用の場所を用意するんでもし良かったらお願いします。
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