(前回までのあらすじ)
加藤紗夜「姉御と喫茶店でなんだかんだしてたら明日がテストなのに教科書を忘れたことに気付いた狩野はコーヒーも飲みかけで学校に戻ることにしたんだって。もったいないわね。ちなみにこのもったいないがコーヒーに対してか、それともシチュかは想像に任せるわ。それより出番がない私にあらすじ担当させるのが気に入らないの。今回は出してくれるんでしょ?」
作者 m(__)m
早めに謝っておきます
何の役に立つかわからない助言と一緒に店を後にした俺は急ぎ学校に戻った。年甲斐もなく自転車を立ちこぎしたから若干太ももが痛い。明日は筋肉痛だな。しかし勝負する以上は相手が数学嫌いで問題が解らないとχ次長課長なんて微妙なギャグ(本当に微妙だ)を言いだす椎名でも俺は負けたくない。万全を期すためにも教科書は必要だ。
昇降口で靴を履き替え教室に向う。校内は殆ど電気が消え、灯りは所々にある非常口の緑や消火栓の赤が照らすのみで、途中通り過ぎた購買横に設置してある自動販売機の照明も消えていた。薄暗い学校の背徳的な雰囲気が何もしていないのに後ろめたい。物音はなく、上履きで床を踏む度にきゅっきゅと鳴る間抜けな音がよく聞こえる以外は実に静かだ。
電気を付けるのもやぶさかな気がして、俺は暗い中を忍ぶように歩いた。にんにん。きゅっきゅ。
壁にぶつかることも誰かとすれ違うこともなく教室に辿り着くと、ドアが閉まっていることに気付く。さっき開けっ放しで帰ったから、あの後誰かが来たのか?もしくは勝手に閉まったか。
いや、勝手は恐いだろ~おぃ。と、自分にツッコミを入れつつ、ドアが閉まっている意味を考えることなく、そもそも、なぜ校内の電気が消えているのに昇降口の鍵が開いていたのかを疑問に思う事なくドアを開けた。
そして…。
一方、その頃……。
店に残った私は、狩野がわずかに飲み残したコーヒーのカップを見て一人ドギマギしていた。
周りを見渡し、誰にも(というかくるみちゃんにだけど)見られていないか確認して手に取り、数瞬躊躇い、とりあえず元に戻してもう一度確認(くるみちゃんは…いないようね)、深呼吸してから再び手に取り口をつけた。わ~い。間接キスしちゃった♪ってかコーヒーにがっ!
「な~にしてんのっ☆」
「がっ!!!!!!」
苦喜びの私は隠れて一部始終を見ていたであろうくるみちゃんに後ろからいきなり抱きつかれてむせた。危ないじゃない。
「げほっえほっ」
「コーヒー飲めないくせに何してんの?ねぇねぇゆぅこ~☆」
ちょ、なんかすごいめんどいんだけど。どうしよ?
すいません。好気(奇)心を抑えられず、こんな好機(チャンス)滅多にないと思いやっちゃいました…てへ。なんて言って舌を出したら人格疑われちゃう(てか何で私はそんなことしようとしてるのよっ!)から試しに飲んでみた的にごまかす。
「あっはは、やっぱりコーヒーって苦いね~。みんなよくこんなのが飲めるわね。試しに飲んでみたけど私にはやっぱり合わないな、うん。全然ダメ。試して損した」
どう?我ながら見事な演技じゃない。
「…ふ~ん」
ほらね、ほらね。ぐぅの音もでないでしょう。
「ところで侑子さ」
「なぁに?」
「顔にやけてるよ」
「え。あ…はは」
訂正。やっぱり私は嘘が下手らしい。むぅ。
そんな私を容赦なくからかうくるみちゃんだってにやけてるじゃないの。
「うちのブレンドで苦いとか言ってたらアレ飲む時に困るよ」
「アレって何?」
「アレはアレよ。くっくっく」
妖しく笑うくるみちゃん。彼女がこんな顔をしている時はロクな話ではないんだけど気になっちゃうじゃない。
「私は飲みたくないんだけどね、アレ。大抵の人はアレを飲ませたがるのよね、たまにすごい量出す人がいるのよね、アレ」
(あ、ああアレ……)
息を飲む私。聞いちゃいけない事のような気がするんだけど。も~やだアレってなによ~?
「ま、間接キスでご満悦なお子ちゃま侑子にはわからないだろうけど」
「////////」
自分でも忘れかけてたっていうか無かったことにしておきたい先程の行為を指摘され私はせきめん。むきゅ~。いじわるぅ。
何も言い返せない私はカップに手を伸ばす。返事に困ったり間がもたない時の癖だけど、間違えてコーヒーを飲んで、くるみちゃんにまた笑われてしまった。ちなみにアレとは薬のことだってさ。いや私は最初からそうじゃないかと思っていたけどね!
「で、侑子は狩野くんのどこを好きになっちゃったのかなぁ?」
場所をくるみちゃんの部屋(お店は一階で二階は居住スペースなの)に移し雑談は続く。
「別に好きっていうか、その…他の男の子と違うんだもん」
「あの思春期はとっくにすぎましたみたいな感じ?クラスで浮いてるでしょ」
もうちょっと他に言い方はないの?
「周りに一歩引いてる感じするけど浮いてはいないわよ」
私は、ちょっとだけムキになって反論する。
「まぁなんていうか大人だよね。落ち着いてるっていうか…」
(うんうん(^-^)わかってくれればいいのよ)
「…恰好いいよねぇ」
ちょ、くるみちゃん。まさか狙ってない?
「ん?だ~いじょぶよ、あたし年上好きだから」
それは一体何が大丈夫なのかしら?そう思ったけど深く突っ込まないことにした。
「にしても侑子。好きならもっと積極的にいかないと駄目よ」
「…うん」
「さっきの様子を見てた感じだと、狩野くんは侑子の事を恋愛対象には見てないわね」
「…やっぱり?」
「せいぜい夜のおかずがいいとこよ」
「……。なにそれ?」
「そうねぇ、狩野くんに聞いてみたら?くっくっく」
あっ!
ロクな話じゃないんだからなぁ、も~。これは聞き流しておこう。
でも、確かにくるみちゃんの言う通り私ももっと積極的にアプローチすべきなのかな。なんて思ってはいるんだけど。
だけども、今日はかなり頑張ったと思う。放課後の教室で二人きりだったしお茶もしたし…何も無かったけど。あ~ぁ。紗夜が羨ましい。クラスで狩野と一番仲がいいのは誰が見ても紗夜だもん。どうしたらあんなになれるんだろう?
(あれ?紗夜って狩野が好きなのかしら?)
まさか、とは思うんだけど、もしそうだったら困るな。私じゃ勝ち目がないじゃない。はぁ
「何よ溜息なんかついちゃって」
「ん、あのね」
私は、今考えてたことを話してみた。
「紗夜ってこの前のちょっと変わった子?」
もうちょっと他に言い方はないの?
「胸は侑子の圧勝じゃない。わたしにもそのおっぱい寄越しなさいよ」
と、両手でわしわしと私の(やや大きめな)胸をエア揉みするくるみちゃん。私は反射的に腕で胸を隠した。ちょ、やめてよ~。
「容姿だって別に気にしなくてもあんた可愛いんだから大丈夫よ。もっと自信持ちなさい」
「でも私と紗夜じゃやっぱり差が…」
「だいたい狩野くんは顔で女を選ぶような人じゃないんでしょ?」
「…胸の大きさで選ぶとも思えないんだけど」
その後も、くるみちゃんが色々と励ましてくれた。こういう時の彼女は頼れるお姉ちゃんで本当に大好きで憧れるんだけどな。私も普段は頼られたがって強がったりしてるけどなかなかうまくいかないんだよね。
さ、ともあれ明日は天敵である数学のテスト。さっきはその場の勢いで狩野と勝負するとか言っちゃったけど全く自信がない。もし負けて…その…え、エッチな要求とかされたらどうしよう。きゃっ。
「………」
っていうか私はその前に赤点の心配をしなきゃいけない。今日はちょっと夜更かしして勉強しようかな。
そして…。
そして、俺は真っ暗な教室で加藤と遭遇した。
「ずいぶんと遅かったじゃない」
暗やみの教室に入るなり声を掛けられ驚いたが、その声が聞き慣れたものとわかると慌てずに対応出来た。
「…何やってんだよ?」
言い返しながら、蛍光灯のスイッチを入れた。室内が明るくなると声の主が加藤で間違いないことがわかった。机に突っ伏し寝ていたみたいで一言で表現すると、だらしがない。
その加藤が起き上がり俺を見た。
「えっ、あれ、なんで狩野がいるの?」
「何だよ、俺じゃ悪いみたいな言い方だな」
「どっちかって言うと悪いわよ。何してるの?」
「俺は忘れ物を取りにきたんだよ。加藤は誰か待ってたのか?電気くらいつけろよな」
「うん。私は迎えを待ってるんだけどなかなか母親が来ないのよね」
「こんな時間にか」
「こんな時間によ」
俺の質問にニコニコ答える加藤。いつにも増して御機嫌だな。
「そうか。なら俺じゃ悪かったみたいだな」
「あら、いいのよ。むしろ狩野で良かったわ。なんてね。うふふ」
うふふなんて笑い方をされると普通は気味悪いが加藤がやると様になるあたりはさすが美少女といったところか。それにしても機嫌がいいな。いいことでもあったのか。鼻歌しながら携帯メールを打っている。
「なぁ?俺が言うのも変だけど、こんな時間に学校にいてもいいのか」
「ああ、問題ないわよ」
あ、そう。平気ならいいんだ。
「ねぇ、せっかくだからおしゃべりしましょうよ」
加藤は、メールを打ち終えると提案してきた。
「暇潰しに付き合えと?」
「いいじゃない。原稿用紙2枚分くらい付き合ってよ。ね、お願い」
「まぁいいけど」
よく分からん頼み方だが急いで帰る必要はないし加藤の我儘なら多少は大目に見る理由もある。
誰が呼び始めたのか俺は知らないが、加藤は最近一部で噂屋と呼ばれるようになった。噂話が好きなのはこの年頃の女子にしては珍しくないと思うが加藤の場合は度が過ぎて悪趣味に感じられる。俺は加藤が単なる噂好きでないことを知っているから平気だがやっぱりこういうのは近付きがたいんだろうな。本人は気にしていないけど。
いつもなら会話の主導権は加藤にあるが(ていうかこいつは常に主導権を握りたがる)、今回は俺から話題を提供した。
「加藤、喜べ。椎名があのわけわからん探偵クラブに参加するってよ」
「わけわからんとは何よ。私はむしろ狩野がそんなこと言ってくる方がわけわからんわよ」
俺は喫茶店内での会話を教えてやったが、加藤は、ふ~んと一言しか言わなかった。
「何だよ。リアクションが薄いな。せっかく俺が勧誘してやったようなもんなのに」
「別に驚かない。だって姉御は…あ、メール来た。お~。迎えが来たわ。さぁ、帰りましょう」
今、着信音鳴ったのか?聞こえなかったぞ。まぁ、それはいいとして何を言い掛けたんだ?
「なぁ、椎名が――」
「ん?なぁに」
それは聞かないで。顔にそう書いてあるような気がした。
「――いや、いい」
そこでムキになって問い詰めるようなガキじゃないからな俺は。
「じゃあ帰るとするか」
「うん!あ、そうだ」
「なんだよ?」
「なんでもないっ!」
なんじゃそりゃ。何でもないならニヤニヤするな。
電気を消し、やたらと腕を絡ませてくる加藤(ひっつくなよ)を引っぱる形で昇降口まで行き、靴を履き替えて校門まで行ったら確かに迎えのメルセデスが止まってた。ベンツ乗ってる母親がどんなか興味を持ってしまった。
「どれ、ここはひとつ挨拶でもしておくかな」
「いいわよそんなことしないで恥ずかしいから。また明日ね、ばいばい」
「あ、おい…まったく」
そそくさと行ってしまった。俺にも別れの挨拶くらい言わせろ。
(…しかしまぁ今日は長い一日だったな)
午前中で授業が終わったのに随分帰りが遅くなった。まぁ家に帰っても独りだからいいよな。
しかし遅すぎた為に途中に寄った弁当屋が閉まっていたのは痛かった。夕飯はコンビニで我慢か。まぁ家に帰っても独りだから仕方ないよな。
家に着くと、見計らったかのようなタイミングで携帯が鳴った。加藤からのメール。
『さっきはありがと。ところで忘れ物は持って帰ったのかな?』
あ、教科書忘れた…。あの時のニヤニヤ顔はこれが狙いだったか。油断した。
ま、いいか。相手はニートう辺三角形(本当に微妙だよな)の椎名だ。
さっさと寝よう。
(続)
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