2年2組「狩野恭平」
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何がいけなかったのか考える余裕があるならこれから先の事を考えるべきだ。
(1)だいぶ前
「いいミステリーの条件ですか?なんだろう…トリックが優秀とか」
俺のこの返答に、先生は納得がいかなかったらしく、顔をしかめた。歪んだ顔も綺麗だった。
「トリックが良くてもつまらないミステリは多いだろ?でも確かにトリックが悪いミステリは駄目だ。こないだのアレなんてちょい悪の一言だよ」
「そうですか?まぁアレはトリックよりキャラと意外性の作品ですからね。俺は面白いと思いますよ」
アレとは、俺が先生に薦めた本で、いわゆる探偵小説のシリーズ物なのだが、探偵のファッションセンスに毎回驚かされる。
「お前は何読んだって面白いんだろ」
「当たり前ですよ。作り手の苦労を考えたらつまらないなんて言えません」
「よりいい作品を作れるよう厳しい意見を出すのがいい読み手じゃないのか」
「別に俺はいい読み手になりたいわけじゃないですから。楽しく本が読めればそれでいいんです」
あっそう。べぇーと彼女は舌を出した。気持ちはわかるが露骨に嫌な顔はしないで欲しい。でも、そういう子供っぽい所もまた魅力の一つだったりする。
放課後、テスト期間中なので午前中で授業が終わり、下校時間も過ぎた図書室には俺と管理人の先生の二人しかいない。私立だからなのかは知らないがうちの学校の図書室は思っていた以上の充実ぶりで、入学以来お気に入りだが、最近は違う楽しみを見つけた。それが管理人の先生とのおしゃべりだ。くだらない冗談や嘘っぽい話ばかりだけど、クラスメイトとの会話とは違う楽しさがある。それにここだけの話、俺はこの先生に少し憧れているのだ。
「それじゃあ先生はどんなのがいいミステリーだと思うんですか」
先程の質問をそのまま返したら、先生は待ってましたとばかりに答える。
「そりゃあ恋愛の要素が入ってるミステリだな」
やっぱり。この先生は恋愛とかそういう話が大好きなのだ。そういえば同じクラスの加藤紗夜も人の噂や恋愛話が好きだったな。
(どうして今加藤が頭の中に浮かんだのだろう?)
「それなら恋愛小説を読めばいいじゃないですか」
「恋愛小説ほどつまらないものはないよ」
「なぜですか?」
「ん…まぁ、ねぇ…」
意外な反応。はっきりした物言いをする先生にしては煮え切らない。何かあるのだろうか?
しかし、深く追求しなかった。生徒としての立場もわきまえるべきだよな。個人的には非常に興味のあることだけど。
結局時間も時間なので、今日のおしゃべりはそのまま終わった。名残惜しいが仕方がない。今日で世界が終わるわけでもない、また明日ってやつだ。
先生がなぜ恋愛小説を嫌いなのか、理由を考えていたら下駄箱で靴に履き替えるところで自分が手ぶらで帰ろうとしていたことに気付いた。
(明日は…化学と数学か)
そのまま帰っても良かったが教科書くらいは持ち帰ろうと思い、教室に戻ることにした。
教室に戻ると、椎名侑子と進藤なつきちゃんの仲良しコンビがいた。二人で何かの本を読んでいる。下校時間はとっくに過ぎているんだから早く帰れよな~!と思いつつ自分だって人の事言えないから黙って帰ろうとしたけど案の定絡まれた。
「あれ?しぃちゃん狩野君だよ」
先に俺に気付いたなつきちゃんが椎名に声をかけ、首だけでこっちを向いた椎名は「ん?ホントだ。狩野だ」と相づちをうつ。
「何だよ、俺じゃ悪いみたいな言い方だな」
「そんなこと言ってないでしょ。何してんのよ」
「俺は…図書室で調べものだ。二人こそ何やってんだよ」
「あたし達は明日の為に勉強してるのよ」
確かに雑誌か何かの本だと思っていたのはよく見ると数学の教科書だった。ご苦労なことだ。
背がちっちゃくて控え目な印象のなつきちゃんと、女子の間で姉御と呼ばれてる椎名は姉妹みたいな仲の良さで、いつも一緒にいるような気がする。
「俺にはなつきちゃんが椎名に教えてるようにしか見えないけどな」
俺が見たまんまの感想を述べると、なつきちゃんは「しぃちゃんバレてるよ」と小さく笑った。
「なつき、余計な事言わないでいいからね。狩野」
突然立ち上がった椎名。指を鳴らしながら近づいてくる。何だかわからんが素晴らしく嫌な予感がするから逃げたほうがいいかもしれない。
「な、何だよ。こっち来るなよ」
後退りする俺、巧みに逃げ場を潰しながら追い詰める椎名。俺は教室の角に追い込まれた。
「狩野。覚悟はいい?」
何の覚悟だ!と言い返したいが、こういうことだ!と鉄拳が飛んでくるのが恐いので俺はそのまま立ち尽くしてしまう。椎名が姉御と呼ばれる理由の一つとして噂になっている腕っぷしの強さを体験したくない。一方、獲物を追い詰めた肉食動物さながらの威圧感の椎名は、怯える獲物をどう料理してやろうかと思案しているようだ。そして、なつきちゃんは楽しそうに一部始終を見守っていた。助けてくれ。
何となく目をそらしたらヤラレルと思ったから椎名の顔を見ていた。おかげで今まで意識して見たことが無かった椎名の顔が、そのイメージとは違い可愛い事に気付いた。サイドの髪を後ろで留めた髪型はちょっと好きかも。
どのくらい時間が過ぎただろうか。正確には一分も経っていないと思うが俺には五分にも十分にも感じられた。
やがて、椎名が口を開いた。「狩野。合格」
「……あ?何だって」
「合格よごうかく」と、それだけ言って椎名はなつきちゃんの隣に戻った。意味がわからない。何だったんだ一体。説明してくれよ。ともかく危機は脱したらしいな。そもそも何故ピンチに陥ったのか解らないんだけど。
「もし不合格ならどうなってたんだ」
「別に。あんたが昼に食べたものを床にぶちまけるだけの事よ」
何でもないような口調で恐ろしいことを言うな。もっともそれらしい口調で言われても困るのだが。
「何だかわからんが怒らせたのなら謝る」
「大丈夫だよ狩野君。しぃちゃん怒ってるわけじゃないから」
「ん?そうなのか」
「まあね。ちょっと試してみたかったのよ」
「何を?」
「まあいいじゃない合格したんだから」
ますますわからんが助かったからこの際よしとしよう。二人がご機嫌な今のうちに帰るとするか。
「じゃあ俺は帰るぞ」
その場を去ろうとした俺に椎名は「ちょっと待った」と呼び止めた。
「何だよ今度は」
「ここからが大事なの。狩野あんた数学好き?」
「数学?嫌いじゃないけど…」好きでもないと当たり障りのない答えを言い切る前に椎名は「だよね。教えて」と両手を顔の前で合わせた。強引だな。
「…いや、教えられる程出来るわけじゃない」
「明日のテスト範囲の内容が理解出来てるのならいいの。あんた余裕でしょ」
「なつきちゃんがいるじゃないか」
俺のもっともだと思われる言い分に、椎名は「なつきは今からデートなのよでぇと」と相棒の顔を見て愚痴った。へぇ、なつきちゃん彼氏いたのか。知らなかった。まあ普通に可愛いしね。
「よりによって今日デートするなんて」
「しぃちゃん、だから私さっきから謝ってるじゃない。それに今教えてあげたので大丈夫だって」
「不安なのよ。そりゃあ、なつきはいいわよね、どうせ他人事なんだからさ」
「ひどい。私一生懸命教えたのに、そんなこと言うなんてひどい」
「わかったわよ、あたしが赤点取ればそれでいいんでしょ」
「しぃちゃん…すねないでよ。ね?お願い」
「ふんっ」
「困ったなぁ。狩野君助けて」
「そうよ狩野。あんたがあたしに数学を教えれば全てうまくいくのよ。なつきはデートにいけるし、あたしの不安も解消。みんなが得するの。…ってコラ逃げるな」
さりげなく帰ろうとしたのがバレた。喧嘩してると思ったのに何だよこの連係プレーは?二人とも強引だな。断ったら俺が悪者じゃないか。しかし俺も雰囲気に流されて面倒臭い事を引き受けたくない。だいたい、俺が来なかったらどうするつもりだったんだ。
「ちょっと待て。俺は何も得してないぞ」
「何よ、あたしと二人っきりじゃ不満なの?」
「それは別に損得じゃないだろ」
「…わかったわ。あんたがそこまで言うならあたしにも考えがある。あんたいつも昼は学食でしょ」
そこまで言ってるつもりはないのだが…まぁいいか。椎名の言う通り俺は昼は学食か購買を利用する。訳あって独り暮らしの俺に毎朝早起きして弁当を作るなんて行為はつらい。
「しばらくあんたの為にあたしが余分に弁当を持ってくる。これでどう?」
どう?と言われても俺の昼飯くらい放っておいて欲しい。しかし、この条件になぜかなつきちゃんが食い付いた。
「え~いいな~狩野君いいな~。しぃちゃん私の分は?ねぇねぇ」
何だ?なつきちゃんが豹変したぞ。
「ねぇしぃちゃん私も。私もお弁当欲しい」
「ダメよなつきは。ほら早くデート行きなさいよ」
「やだ私もお弁当欲しい」
「我儘言わないの」
「やだ、やだやだやだ」
何か…お菓子売り場で母親と子供がよくやりそうな「これ買っていい?」「ダメ置いてきなさい」の掛け合いみたいだな。
「ずるい。狩野君だけずるい。私だって教えたんだからもらう権利があると思うんだ」
「なつきはデート行くんだからいいでしょ」
「やだ。私お弁当の方がいいもん。デートいかない」
いや、それはどうかと思うが…そんなに弁当が魅力なのか?
「どうしてもお弁当くれないならもう二度としぃちゃんに勉強教えてあげないんだからね」
「あら残念。そしたら二度と食べられなくなっちゃうね、うちの弁当」
「それは困るっ!こまるよぉ」
うわぁ…、なつきちゃんがマジ泣きしそうだ。すげぇな椎名の弁当。
放っておくと二人の友情が壊れる瞬間を目撃してしまいそうで見ていられなかったから、俺は帰るのを諦めた。
「それじゃしぃちゃんまた明日ね。狩野君も本当にありがと」
俺に向かって数回投げキスして、なつきちゃんはドアの向こう側へ消えていった。あれは俺のしってるなつきちゃんじゃない。
「なつきちゃんってあんなキャラだったのか?」
「食べ物絡むと見境なくすのよね。今日のは少し焦ったわ」
「俺の機転に感謝しろよ」
「わかってるわよ、ありがと狩野」
結局、俺が椎名に数学を教えてお礼にもらった弁当をなつきちゃんに譲渡する事で丸く収まった。
さて、俺が悪いのか椎名が悪いのかはともかく、その後が大変だった。最初のうちは教える側の俺も確認になっていいかなと思っていたが、椎名がわざとやってるのか疑いたくなる間違いを連発するわ、すぐに話が脱線するわで予想以上に時間を浪費した。ようやく椎名が理解し納得した頃には日が沈みかけていた。それでもよく日没までに間に合ったと思うことにしよう。なつきちゃん、俺はあのままじゃ絶対に椎名は赤点取ってたと思うぞ。
しかしあれだな、椎名って思ってたより恐くないんだな。実は普通の女の子らしいということがわかったのが今日の収穫ということにしておこう。
それにしても誰も注意しに来ないな。下校時間はとっくに過ぎているのに。
(続)
裏話などを少々。
今作(以下嘘虚)は前に書いた作品(未公開)を元に作られてます。その時に生まれたのが噂屋で、その設定とかが気に入ってたのでブログ連載してみようかと考え、前回の不適な~が生まれたわけです。へぇ
前の見たら紗夜ちゃんの漢字が違うでやんの。前は沙耶ちゃんだった。なぜ変わったのか?松君のせいです。前作で彼が名前を尋ねたとき、気を利かせてどういう字を書くのかも台詞に入れようとしたら紗夜の方が簡単でしっくりきたので改名しました。へぇ
全部で何回になるかわかりませんが、嘘に虚を重ねて、最後までお付き合いしていただけたらと思います。
それでは、続きをどうぞ。
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